Essay



Finnish Music Scene 「静」と「動」のはざまで


福士 恭子

「・・・何よりここは樹々が静かだから・・・」
フィンランド北部ラップランド地方に住む女性が、さりげなくこう言った。
忙しい日々を送っていてもフィンランド人にとって「静寂」は大切な要素である。私自身、森は大きな声を出すところではないと言われたことがある。神聖な場であり自分自身との対話をするところなのだと。
フィンランドの音楽家と一緒に演奏をすると、静けさを可能な限り美しく表現することを意識する。透明感のある音質を追求する姿勢は、彼らが住む風土によるのかもしれない。どんな都市でも近くに散策できる公園や森、湖があり、自然と一体化した生活が身近にある。しかし自然はただ美しいだけではない。その厳しさをも享受する必要があり、暗く長い冬の訪れも避けられない。その自然との調和の中で生まれたものがフィンランド独自の魅力ともいえよう。
歴史を振り返ると12~18世紀はスウェーデンの統治下にあり、文化、宗教ともスウェーデンからの影響を強く受け、今もフィンランド語とスウェーデン語が公用語として表記される。19世紀になるとロシアの大公国となり、1939年、1941年ソビエト連邦との二度に亘る戦争では、国境に接するカレリア地方を割譲した史実がある。常に支配を余儀なくされる中、19世紀初頭ナショナル・ロマンティシズムといわれる民族運動が生まれ、フィンランド語で執筆された民族叙事詩「カレワラ」が出版された。そこには世界と人類誕生の神話、英雄物語が描かれており、独自の民族性と言語の重要性をフィンランドの人々は強く認識することになる。   
1882年にヘルシンキ・オーケストラ協会(現ヘルシンキ・フィルハーモニー管弦楽団)、ヘルシンキ音楽学校(現シベリウス・アカデミー)が設立されて以来、フィンランド音楽界の成熟期が始まったと言われている。シベリウスと同時代の作曲家としてオスカル・メリカント、メラルティン、パルムグレン、マデトヤ等、1920年代以降はアーッレ・メリカント、ライティオ等を輩出している。1940~60年代にはネオ・クラシズムの影響を受けたエングルンド、コッコネン等、十二音技法を用いた作曲家ではベルィマン、ヘイニネン等が挙げられる。1960~80年代はその後のフィンランド音楽界を牽引したラウタヴァーラ、ノルドグレン、アホ等がいる。1977年、モダニズム再興世代であるサーリアホ、リンドベルイ、サロネン、カイパイネン、ティエンスー、コルテカンガス、ハメーンニエミによって、現代音楽の振興を目的としたKorvat auki(耳を開け)協会が創立され、現在の国際的評価を受ける基盤を築いた。今回来日するAvanti!室内アンサンブルも、今日的な意義を問いかける幅広い音楽を常に発信し続けている。
「静寂」を求めながらも常に独創的なアイデンティティを追求し、「動」のエネルギーを発揮しつづけるフィンランド人の在り方、そして精神的な粘り強さsisu(シス=フィンランド魂)は、いつの時代にもその音楽に色濃く反映していると言えるだろう。(2013年Avanti!室内アンサンブル公演プログラムより)



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