Essay



フィンランド愛


小林聡美

フィンランドと日本の外交関係樹立100周年となった2019年、私は親善大使のひとりに任命された。そもそも何で私がそんな誉に与ったかというと、全編ヘルシンキで撮影され、2006年に公開された映画「かもめ食堂」に出演していたことがその発端であったのではないかと思う。

しかし実は映画を撮影する前の2001年、トーベ・ヤンソンの『ムーミン』の中にでてくる「おさびし山」のモデルといわれている、キルピスヤルヴィのサーナ山を目指してトレッキングをするというテレビ番組のロケが初めてのフィンランドだった。森と湖と人々に魅了され、そのときからフィンランドは私の中で特別な国となり、大使館から任命される前から、私としては私設の親善大使のつもりで、周りの友人知人にフィンランド愛をちらつかせていたのである。つまり外交関係樹立82年目あたりからコツコツとフィンランド愛を育んできた結実の100周年の親善大使なのだった。

その年は大使館で行われるイベントやレセプションに出席させていただく機会もあり、日本にいながらにして、フィンランドにいるような心地が嬉しかった。正直、ひとが大勢集まる場所はあまり得意ではないが、フィンランドという国のひとたちのあっさりとした優しさは、大使館でも発揮され、ひとが束になっても居心地がいいのだった。

特に印象的だったのは、「サウナ・ナイト」。サウナ好きの間でも話題の大使館のサウナを、男女合わせて数名で体験、という秘密結社のようなイベントだった。男女は分かれて入ったけれど、初対面のかたも含め、いきなり全裸の付き合いである。日本にも銭湯や温泉といった裸文化はあるけれど、一応湯には浸かっているからなんとなく拠り所がある。しかし、サウナは密室に全裸で腰かけ状態。おまけにがっつり対面している。けれどそんな戸惑いも、フィンランドのサウナはたやすく拭い去ってくれるのだった。あれは一体どういうわけだろう。サウナストーンに杉のアロマオイルを加えた水をかけると、なんともいえない芳香が満ちて、身も心も緩み、密室の四人はただの裸のひととなる。緊張や見栄、変な気遣いも汗と一緒に流れて、ありのままの自分になるのである。本国ならば、サウナからでたら湖や雪の中にダイブ!というところだろうが、私たちはバスローブ姿でベランダで涼んだり、飲み物を飲んだりした。みんながサウナで余計なものを落としてきているからか、なんとも平和で優しい時間だった。

親善大使としての役目を終えて2020年。世界中で新型ウィルスが猛威を振るった。きっと、大使館でのイベントは著しく縮小されたことだろう。残念に思うと同時に、なんとツイていた外交関係樹立100周年だったことよ、と思う。もちろん、これからも私設の親善大使としてフィンランド愛を世に押していくつもりだが、もうひとつ、この自粛期間中に、フィンランドへの思いにつながるものを始めた。55才にしてピアノを習い始めたのである。音符も読めないところからの手習いなので、今のところ、壁にぶちあたっている自覚もないのだが、おそらく、脳みそや指の硬さを考えるとそれ自体が壁なのかもしれない。だが、ただ、楽しい。光栄にも同じく親善大使だった館野泉さんの「フィンランドピアノ名曲コレクション」がヘビーローテンションだ。シベリウスはもちろん、パルムグレンやメリカント、メラルティン、カスキといった作曲家のピアノ曲を聴いて、私の記憶の中のフィンランドの、光や温度、さまざまな情景を思い描いてはうっとりしている。

何年先かわからないけれど、いつか、メリカントの「ゆるやかなワルツ」を弾いてみたいと思っている。弾けるか?弾きますとも!お楽しみに(自分に言ってる)。


プロフィール 小林聡美 Satomi KOBAYASHI
俳優   フィンランド・日本外交関係樹立100周年親善大使
家庭画報・ 小林聡美さん「幸せの国」フィンランドの魅力、再発見の旅 https://www.kateigaho.com/travel/55424/



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