私から見たフィンランドの音楽事情

市橋 直子

今に始まったことではありませんが、最近ますますフィンランドと日本の関係が深まってきたように感じます。子どもっぽい言い方ですが、お互いに”両思い”。日本ではフィンランドの事を羨ましがられ、フィンランドでは日本のことを褒められ、この2国を母国と思っている私にとっては非常に居心地のいい状態です。日本の何を褒められるかというと、やはり第一に食文化、第二には日本人と接した時にどんなに優しくしてもらったか、という事です。

世界的にもそうですが、教育や芸術に対しての経済的サポートがどんどん厳しくなってきています。残念な事には、小さいオーケストラの活動を廃止したり、大学の音楽部を廃止したりという動きがみられます。ただ、そういう動きに反対する音楽家たちが団結して、署名運動や反対運動を行い、撤回されるケースもあります。今年から変わってしまった事といえば、今までなかった大学の授業料をEU以外の国出身の学生達からとる制度になった事です。これによって受験者がどのくらい減ってしまうのでしょうか。一方では、音楽が成長段階でどんなにいい影響をもたらすか、などの研究が行われているのも事実です。

フィンランドでの子供の音楽教育は、理想的だと思います。この国には至る所にMusiikkiopistoという子供の為の音楽学校があります。学校の音楽の授業でクラシック音楽に触れる事がなくなってしまった今、その存在は非常に大きいです。国からの経済的援助もあるので、誰でも入学希望できます。フィンランドならではの教育をあげるとすれば、最初のハーモニーの勉強を5弦のカンテレでやる事です。メロディーも弾けるし、和音も弾ける、軽くて自分で持ち歩ける、それで弾き語りができるとても便利で素敵な楽器です(うるさくないのも利点)。楽器が弾けるようになったらすぐにオーケストラや室内楽に参加させます。これは楽しいだけではなく、聞く事を学べる一番いい方法だと思います。音楽人口が減っていると言われていますが、入学希望者は増えているようです。シベリウスアカデミーにもジュニアコースがありますが、受験をする必要があります。

シベリウスアカデミーは1882年創立、2013年にはTaideyliopisto(芸術大学)という名前で、アート、演劇の大学と合併しました。とは言っても2,000人近い生徒数の1,500人位を占めています。シベリウスアカデミーは1980年代に始まったジャズ、1990年代に加わったミュージックテクノロジー、教育学、教会音楽、民族音楽、演奏家コースの部門と別れています。二代前から校長が音楽家ではなくなった事からも、学校経営が変わってきたことが伺えます。ただ、去年新しく就任した校長は、ジャズのサクソフォニストです。
最近アカデミーの中で感じる事は二つあります。一つは積極的に国際交流が行われるようになった事です。外国人学生、交換留学生の数や志望者も増え、ERASMUSというシステムでヨーロッパ内での先生同士の交流が盛んになり、他国の先生がいらしたり、アカデミーの先生が出張したりする事が増えました。また、Etäopetusと言ってアメリカなどとはライブ中継でレッスンをする事も盛んになっています。去年の世界芸術大学ランキングでは7位を獲得、国際化が進んだ事も理由の一つだと思われます。もう一つ変わってきたことは、ジャンルの垣根がどんどん低くなっていることです。例えば、シベリウスアカデミーのコンサートシリーズは以前クラシック音楽だけを扱っていて、他の部門は別に切り離されてやっていました。今は、Soiva Akatemia というコンサートシリーズで、全ての音楽のジャンルのコンサートが行われるようになりました。また、学校が合併したことにより、音楽部の人が演劇のクラスをとれたり芸術部の生徒が音楽のレッスンを受けたりする事も出来るようになりました。アート、演劇、音楽のコラボでオペラやミュージカルを行ったりもでき、色々な意味の垣根が低く、または無くなってきていると感じます。

シベリウスアカデミーはヘルシンキの中央にあり、すべてが入る新しい大きな校舎を立てる事は無理なので、現在は2011年にできたMusiikkitalo通称 M talo,2014年から修復後使用しているNervanderinkatu にあるN talo, Töölönkatuにある T taloの 三つの校舎にわかれています。メインのアカデミーの建物は現在議事堂の修復期間中に政府が使っているため2019年の秋まで使用出来ません。ヘルシンキで一番音響の良いリサイタルホールがその為に5年間も使用できないのですから、困ったものです。前回のシベリウスコンクールでもそこが使えず、一次と二次審査はいつもより客席数の少ないホールで行われ、チケット購入がいつもより難しかったようです。

コンサートホールといえば去年の8月からヘルシンキの中心にG Livelabという新しいホールができました。ホールと言っても150人くらいのクラブのような場所ですが、すべてのジャンルの音楽の生演奏が聞かれます。マイクを通して音響をよくしているようですが、クラシック音楽もとても良い響きだそうです。ここでもまた、音楽のジャンルの垣根をなくそうという若手の音楽家達の強い願いの表れが感じられます。置いてあるピアノはFazioliで因みにSteinwayよりお値段のはるメーカーです。

2011年にできたMusiikkitaloは反対の声が多かった為に何年もかかって作られましたが、今ではヘルシンキになくてはならない存在になっています。三つの団体–ヘルシンキフィル、ラジオオーケストラ、シベリウスアカデミーが仲良く使っています。普通ではあまりない事だと思いますが、コンサート用のグランドピアノが5台もあり、ラジオ放送協会が2台、ラジオオケが1台、ヘルシンキフィルが1台、Musiikkitaloが1台のSteinwayを持っていて、ピアニストがどの団体に招待されたかを問わず5台から選ぶことができるという協定を結んだそうです。その中の1台にはちょっとした仕掛けがしてあるそうです。というのは舞台の後ろの聴衆にもよく聞こえるようにと特注したピアノの蓋を支える普通のより長い棒だそうです。大ホールは二つのオーケストラが主に使っていますが、アカデミーの学生達のオーケストラコンサートもそこで行われます。コンサートだけではなく、大ホールも5つある小ホールも多目的ホールとしても使われ、大きな音楽図書館、景色のいいカフェ、子供が走り回れるように広いロビー(お手洗いもたくさんあるし)、常に活気の溢れているところです。二つのオケは地下にそれぞれ自分たちの楽屋を持っています。この建物を作る時に同じ広さがあたえられたのですが、団員達の要望で、ヘルシンキフィルの楽屋には広めの会議室と練習部屋を多めに設けてあり、ラジオオケ側にはサウナがあります。

他に近年目立って人口が増えたのがバロック音楽奏者です。オーケストラや音楽学校ですでに仕事をしている人たちの中でもバロック音楽の勉強ができる場所が設けられ、前述したMusiikkiopisto でもバロック音楽を取り入れて色々なジャンルの音楽に小さい頃から触れられるようになってきました。教会の多い国なので、演奏する場所はたくさんありますし、バロックコンサートは増えてきています。

フィンランドでやはり忘れてはいけないのが色々なところである夏の音楽祭!自分の生まれ故郷や別荘が近いところで仲間たちと音楽ができたらいいな、という気持ちが原点だと思います。その熱はまだまだおさまらず次の世代の人たちによって増え続けそうです。白夜ということも手伝って、自然の中で時間を忘れて音楽を通して人と関わり合うということ。ここでは音楽のジャンルの境目も演奏家と聴衆の境目もできるだけなくそうという理想が現実化されてきているのではないでしょうか。音楽祭には子供や学生達の為の講習もあり、若い世代にも欠かせない夏のイベントです。フィンランドに来る外国人アーティストにはやはりサウナ好きが多く、大量の蚊にも負けず冷たい水にもめげず、裸になって湖に飛び込む姿はとても微笑ましい光景です。

芸術に対して世知辛くなっているのはフィンランドも同じですが、それに立ち向かおうとする姿勢は強く、そしていいものを次の世代に伝えていく、そして現代に合うような音楽のあり方を追求する、というバランスが素晴らしく取れている国だと思います。

今年はフィンランド独立100周年ということで、シベリウスの生誕150年もまだ記憶に新しいところですが、イベント盛りだくさんの年になりそうです。国が独立して100年なんて、この国の成長を最初の頃から見てきた人たちがまだ生きているのですから国としてはとても若い。そして独立記念日の時にいつも私が感じるのは、普段から謙遜の塊のようなフィンランド人がどんなに自国に誇りに思っているか、という事です。

フィンランド独立100周年万歳!


プロフィール 
市橋 直子 / Naoko ICHIHASH ピアニスト
桐朋学園高校音楽科を卒業後、アメリカのインディアナ大学
に入学し、練木繁夫氏、ジョルジュ シェボック師に師事。
卒業後フィンランドに移住。現在シベリウスアカデミー講師。