シベリウス生誕160周年記念レクチャー&コンサート「160年のまなざし」第二部「日本からのまなざし」の様子を振り返ります!①

文章:小川至

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第二部「日本からのまなざし」は、日本人の演奏家によるオール・フィンランド・プログラム。シベリウス生誕160年を記念した本企画では、シベリウスから現代まで連綿と続く作曲活動を通して、それぞれの作曲家がどのような「まなざし」をシベリウスに向けていたのか、そしてそれがどのように音楽に反映されたのかを浮き彫りにするというものでした。筆者自身も出演者の一人として参加した第二部でしたが、充実の第一部の余韻もそのままに、聴衆の皆様の熱心な反応に包まれた満ち足りたものでした。

 プログラムの冒頭を飾って下さったのは、ピアニストの水月恵美子さん。シベリウスの「知られざる最晩年の姿」を知らせるピアノ作品〈風景〉作品114-1は、わずか3分弱の小さな作品ながら、シベリウスがこの国に残したものを印象付けるスタート地点となりました。続く作品は、同時代の作曲家(シベリウスの10歳下)のエルッキ・メラルティンのピアノ作品、《炎と鍛冶屋》。同時期に書かれた作品ながら、水月さんは見事にシベリウスとの世界の違いを描き出してくれました。鍛冶から生まれる魔術的な炎の姿をそのまま描写したような音の運びに、シベリウスの時代の多様さを感じさせてくれました。記録こそ残っていませんが、恐らくこれが《炎と鍛冶屋》の日本初演だったのではないでしょうか。

 続く作品は、戦後のフィンランド音楽界を切り開いた旗手、エイナル・エングルンドによるヴァイオリンとピアノのための《序奏とカプリチオ》です。演奏は中澤沙央里さんのヴァイオリンと、引き続き水月恵美子さんのピアノです。謎めいた序奏部の詩情から、鋭角的なリズム、陰鬱ながら力強い後半部への橋渡しは、戦前から戦後への橋渡しのようにも感じられました。お二人の演奏も特性を十二分に発揮した演奏で、見事に会場の空気を一新してくれました。

 フィンランド初の十二音技法による作品と言われる、エーリク・ベリマンのクラリネットとピアノのための《3つの幻想曲》演奏してくれたのは、井上幸子さん。伴奏は小川至が担当しました。十二音技法独特の和声に彩られた近代的な雰囲気をもつ作品ながら、井上さんの繊細きわまる空気の震えのようなピアニシモから集中度の高い鋭角的なサウンドまで内包する表現豊かな音楽が、ベリマン特有の抒情性を説得力あるものに昇華してくれていたように感じます。

 シベリウス以降のフィンランド音楽界の長老、エイノユハニ・ラウタヴァーラによるヴァイオリン独奏のための《ヴァリエチュード》を演奏してくれたのは、迫田圭さん。シベリウス国際ヴァイオリンコンクールの新作課題曲として書かれた作品ということもあり、技巧的にも求められるものでしたが、冴え渡る素晴らしい演奏を聴かせてくれました。現代音楽のフィールドでの活躍の多い迫田さんですが、その実ロマンティックな音楽を嗜好する彼の特性が、この演奏にもにじみ出ていたように感じます。それがラウタヴァーラの抒情性、ひいてはシベリウスのそれとも結びつくかのようでした。

 前半の最期は筆者(小川至)のピアノ独奏で、ヨーナス・コッコネンの《5つのバガテル》を演奏させていただきました。前半のプログラムに見られた、十二音技法からの発展、自然描写、消えることのない抒情性、そして何よりシベリウスとの関連という意味でこの作品を配したのですが、皆様の演奏を耳にして一層のこと、それを強く感じました。聴衆の皆さんの熱心な姿勢も大変うれしく、一体となった喜びを感じることができました。プログラムノート内で、シベリウスを「大樹」と表現していますが、まさに第5番の〈樹々〉はそうした姿を描くかのような圧倒的な作品です。一つの主題を軸に、根を張り枝を伸ばしざわざわと拡大していく本作は、フィンランド・ピアノ作品のリテラチュアの中でも重要な位置を占めると思っています。

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