「アイノラのぬくもり」-2024年フィンランド演奏旅行-
山根 浩志

フィンランド再び
今でもあの場所の静けさと人々の温かさを思い出す。
2024年9月2日から9月12日の期間、8年ぶりにフィンランドへ行く計画を立てた。ANAのマイレージが貯まったので、寒くなって雪が積もる前に、ある場所へ行きたかったからだ。それは「アイノラ」。ご存じの通り、それはシベリウスの妻アイノの名前から取られたもので、フィンランド語で「アイノのいる場所」という意味だ。
8年くらい前一度訪れたことがある。あの森の樹々や花、ベリーやきのこ、そしてシベリウスが弾いていたグランドピアノを僕はもう一度見たいと思っていた。
フィンランドへ行くことが決まり、ラハティ近郊に住む友人に連絡した。以前ヘルシンキでシベリウス関連のコンサートに出演させてもらったので、今回も、もし都合が合えば是非演奏させてほしい旨をメールした。あと今回はアイノラへまた行きたいとも伝えた。そして、彼から返事が来た。僕はその内容に驚いた。<アイノラのグランドピアノでリサイタルしないか>という内容だったからだ。世界的に有名でもなく、ましてや日本でも単なる山口県のローカルピアニストの僕が、あのアイノラのグランドピアノでリサイタルなんて、、。嬉しいと言う感情より、戸惑いの気持ちの方が優っていた。返事に3日間悩んだ。今年で還暦。いつまたこんな夢みたいな話しが頂けるかわからないし、憧れのアイノラ、大好きなシベリウスの聖地だし、考えあぐねた結果、引き受ける事にした。
結局、今回のフィンランド滞在期間に、アイノラでのリサイタルの他に、ヘルシンキでオールシベリウス作品でバイオリニストとの短いコンサート、ラハティ歴史博物館でのピアノリサイタル、ラハティ音楽院ジャズ科の学生とのジャズLiveが決まった。
ラハティにて
ラハティに着いたころはシベリウスフェスティバルが丁度終わった後で人も少なく静かだった。
ラハティ歴史博物館でのリサイタルは、ラハティ市のローカル紙で宣伝してくださったお陰で満席の中、気持ちよく演奏させてもらえた。プログラムは、アイノラのものと同じで最後は「フィンランディア」。無名のピアニストにでも、スタンディングオベーションをしてくれる、とても温かいお客様に目頭が熱くなった。アンコールは日本の旋律を使って即興演奏をした。それが予想外に評判が良かった。フィンランド人にとって”東洋の響き”はとても興味深かったらしい。
その後に、Kellariと言う老舗ジャズバーで一回のリハーサル(ラハティ音楽院にて)を済ませて、ラハティ音楽院の学生とジャズのセッションをした。困ったことに、ジャズピアニストと紹介されて緊張感が半端なかったが、休憩中、お客様の
「ジャズを聴きに来たんじゃなくて、あなたのピアノを聴きに来たんだよ」
と言う温かい言葉に救われ、楽しく演奏できた。
ヘルシンキにて
旅も後半になり、ヘルシンキへ移動した。シベリウスアカデミーの日本人ピアニスト、作曲家と興味深い話しをしながら食事をし、やっとぶらぶら街歩きできた。やっぱりフィンランドは素敵だ!再認識。
帰国する2日前、2024年9月10日は、なんと、昼からヘルシンキでのバイオリンとのコンサートと、夕方からのアイノラでのリサイタルのダブルヘッダーだった。
マリアさんと言う素敵なシベリウスを奏でるバイオリニストと初対面。20分しかないリハーサルは、お互いがサポートしつつ、自由にシベリウスを表現するなんと楽しい時間だったことか。本番中も、演奏しながら「それ素敵」「弾きやすいわ」とか言ってくれたのが、僕をその気にさせたか、「悲しみのワルツ」は鳥肌が立った。今でも、彼女の
「フィンランド人は悲しい曲が大好きなのよ」という言葉が心に残っている。
アイノラにて

そして、アイノラへ。
もう緊張はなく、ただただ楽しみだった。まずオープニングはアイノラの印象を即興演奏した。なんだかシベリウスになった気分だった。次はJean Sibelius のEtude op. 76-2、Kuusi Op. 75-5。静寂の中に一つ一つの音の粒が嬉しそうに飛んで行った。プログラムはシベリウスの他に、メラルティン、クーラ、メリカント、そして日本の山田耕筰「からたちの花」を演奏した。アンコールは
坂本龍一「戦場のメリークリスマス(フィンランドバージョン山根即興)」。ここでも、人々の温かさを感じた。なんて素敵な笑顔なんだろうと。
ちゃんとそこにいるピアニスト(演奏家)の「その人の音楽やメッセージ」を受け入れてくれている。当然なことだが、なかなか日本ではそうでもない。
やっぱり僕は、シベリウスの生まれ国で、シベリウスの作品を演奏する事はちょっと緊張するし、度胸いるね。とフィンランドの友人に言った事がある。その時、友人はこう言った。
「何言ってるの。日本人の浩志さんが、これまで色々な経験して、浩志さんが感じる、浩志さんのシベリウスが聴きたいんだよ。」
その言葉が、僕がアイノラでリサイタルさせてもらう事に決めた1番の理由でもあった。
またいつかフィンランドへ行きたい。あの温かさと静けさに包まれたいと思った時に。

山根浩志 (ピアニスト)
国立音楽大学卒業、ウィーン国立音大のマイスタークルゼを受講、ディプロマを取得。ノルウェー国立音楽アカデミーでスメビ教授に師事。The TaubmanInstitute(ニューヨーク)のマスタークラスを受講。第1回 横浜国際音楽コンクール アンサンブル部門 第1位受賞 ,第9回 日本アンサンブルコンール連弾の部優秀演奏者賞受賞、第2回 国際ピアノ伴奏コンクール上位入賞、2012年9月メルキンホール(ニューヨーク)にて「9.11追悼コンサート」に出演。2015-2018年ベトナム、バンコクにてコンサートを開催。2017年、2019年フィンランドへ招待され演奏。2022、2023年8月バンコクでマスタークラス、コンサート開催。
2024年チェンライ(タイ)にてフレンドシップコンサート、ピアノマスタークラス講師として招かれた。2024年 フィンランドのアイノラに招待されリサイタルを行った。またラハティ市より招待されラハティ歴史博物館にて、リサイタル、ラハティ音楽院ジャズ科の学生とコラボライブを行った。現在はシーナカリンウィロート大学客員教授、InternationalSchool of Music PIANIST WITH LOVE 客員教授、山根浩志音楽教室Windera主宰、山口県立萩看護学校講師、徳山看護専門学校講師。