ダルムシュタット夏季現代音楽講習会2018レポート

中澤沙央里

昨年の7 月、私はダルムシュタット夏季現代音楽講習会に参加すべく、フランクフルト国際空港に降り立ちました。空港からバスで30 分、ダルムシュタット中央駅に到着すると、あちらこちらに講習会のポスターが貼ってあるのが見えます。歴史ある講習会だけに、町をあげての一大イベントになっているのだと実感。
講習会のメイン会場となるのは、トラムの終着駅(始発駅)がある町の外れの高校で、その他にダルムシュタット市立音楽大学、オランジュリー、市立美術館などもレッスンやコンサート、ワークショップの会場として使われます。これらの会場では、朝から晩まで毎日様々なコンサートが開催され、受講生はほぼすべてのコンサートを無料で聴くことができます。私も15 回ほどコンサートを聴きに行きました。
昨年のプログラムの目玉はシュトックハウゼンの「シュティムング」。午前6時、町外れの高校よりもさらに外れにある森の中で、まだ薄暗いうちから演奏を始め、曲のクライマックスとともに日の出を迎えるという演出は、作品の持つ力に自然の壮大さが加わり、言葉では言い表せないほどの高揚感と清々しさを感じさせてくれました。そして、同じ日の午後9 時、会場を教会へ移しての再演。一日に二度も「シュティムング」を聴くことができるなんて、ダルムシュタットならではの贅沢な体験です!夜の公演は、教会特有の豊かな残響で、朝の屋外での演奏とはまったく違った印象になり、聴き比べをした受講生は、終演後口々にどちらの演奏が好きだったかを語り合っていました。
演奏家向けコースは全部で16 クラス。受講生の人数はクラスによって違い、ヴァイオリンは5 人、パーカッションやギターはそれぞれ約30 人ずつと幅があったようです。レッスン内容も講師によって違いがあり、ヴァイオリンは課題は一切なく、午前中の好きな時間にレッスン室に行きレッスンを受ける、もしくは聴講するというシステムでしたが、チェロやオーボエは事前に課題曲の通達があったそうで、クラリネットも初日に課題が発表されたとのことです。ヴァイオリンクラスは、すでにある程度のキャリアを積んだ受講生が多かったため、ただ単にレッスンを受けるというよりも、レパートリーの拡充、新たな特殊奏法の探求等が目的で参加しているといった印象でした。
また、Dance & Music やEmbodying Music といった音楽と身体表現のコラボレーション、身体表現を伴う音楽表現に焦点をあてたワークショップやカンファレンスが数多く開かれていたり、音楽を「聴く」のではなく「見る」、「感じる」といったテーマで作品制作をするプロジェクトも多く、音楽の定義、在り方が変化してきているのだということを感じました。そういったプロジェクトの一つに参加していたフィンランド人パーカッショニストKalle Hakosalo 氏(The Royal Danish Academy of Music 在学中)にお話を伺いました。IMG_3928.jpg
“昨今の現代音楽の傾向として、post-instrumental というキーワードが重要になってきていると感じます。楽器を用いない表現、楽器以外の「物」を媒体とする音楽表現、身体表現と音楽表現の関係性というようなことです。また、エレクトロニクスも大きな潮流のひとつになっていると感じます。ただ、北欧と他のヨーロッパ諸国、北アメリカ(アジアと南米についてはよくわからないのだけれど…)など地域によって事情は異なると思います。それぞれがそれぞれの歴史および伝統に基づいた音楽をベースとして発展させてきており、それが良いか悪いかは別として、今でもそれらが混ざり合うことはないのです。今回、長年の憧れだったダルムシュタット夏季現代音楽講習会にはじめて参加して、色々と思うところはありましたが、全体としては人生最高のmusical journeyだったと言えるでしょう”
私自身も、7~8 年前から日本や東南アジアでたびたびエレクトロニクスや身体表現を用いた作品を演奏してきましたが、今後さらにそのような作品を演奏する機会が増えていくのではと考えています。中澤沙央里昨年の受講生は34 の国と地域から約500 名で、そのうち日本からは約10 名、フィンランドからは6~7 名が参加していたようです。全体としては、ヨーロッパからの参加者が多く、次いでアメリカ、アジアからは台湾人が群を抜いて多い印象でした。

朝の「シュティムング」。時折あらわれる矢印に導かれ、森の奥深くに進みます。

夜の「シュティムング」は教会にて。

校内には常時開放されている教室がいくつかあり、受講生や講師が小さなコンサートを企画したり、
即席ワークショップを行ったりと、自由に使うことができます。
掲示されているカレンダーに名前と内容を書き込むだけの簡単なシステムで、
私も講習会で出会った作曲家とともに、コンサートと、アンダートーンのワークショップを企画、実施しました。


プロフィール

中澤沙央里(ヴァイオリン)
桐朋女子高等学校音楽科を経て、桐朋学園大学音楽学部卒業。
これまでに、サイトウキネンフェスティバル松本、トンヨン国際音楽祭(韓国)、中国ASEAN音楽週間(中国)、ニュービジョン・アーツフェスティバル(香港)等に出演。
また、セギカレッジ(マレーシア)、慶熙音楽大学(韓国)、HKNMEモダン・アカデミー(香港)等で客員講師を務めるなど後進の指導にもあたっている。
弥栄高等学校芸術科非常勤講師。
 2013年度トーキョーワンダーサイト・レジデントアーティスト。日本・フィンランド新音楽協会会員。