フィンランド雑記 2014−2015

川﨑 亜利沙

フィンランドに関するメモリアルイヤーが続いている。
今年2015年は、作曲家ジャン·シベリウスの生誕150周年にあたり、ヘルシンキをはじめフィンランド各地や日本でも様々なイベントが催されている。
(こちらの詳細に関しては、私より専門の方々が筆を取られていることと思うので割愛させていただく。)
 
シベリウスと同様に、今年は「フィンランドと言えば?」という質問をしたら必ず登場するであろういきもの ‘ムーミン’ シリーズの
第1作目『小さなトロールと大きな洪水』の出版70周年でもある。同作は、1945年にスウェーデンで出版される。

そして昨年は、その’ムーミン’の生みの親であるトーベ・ヤンソンの生誕100周年でもあった。
画家、小説家、挿絵画家、連載漫画家など多彩な才能をもつ芸術家であった彼女の生誕を祝いフィンランド・ヘルシンキの国立アテネウム美術館では大規模な回顧展が開催され、この展覧会は日本でも巡回、大好評を博した。

ちなみに、このトーベ・ヤンソンもシベリウスもスウェーデン系フィンランド人であるということ、兄弟の順番は違うが三人兄弟であったこと、両者とも本来なりたかった職業にはなれなかったがどちらもそれに類似した分野で成功をおさめ世界的に有名になった、という共通点を発見した。(トーベはムーミンでなく画家として、シベリウスは作曲家の前はヴァイオリニストになりたかった。)

話題を本年に戻したい。毎年5月に開催されているヨーロッパの一番を決める音楽コンテスト ユーロビジョン・ソング・コンテストのフィンランド代表に今年はなんと知的障害者だけのパンクバンド’Pertti Kurikan Nimipäivät’(ペルッティ・クリカン・ニミパイヴァト)が選ばれた。
ペルッティ、カリ、トニ、サミの4名からなるこの障害者パンクバンド名のペルッティ・クリカン・ニミパイヴァトは、ボーカル兼作詞作曲担当であるペルッティ・クリッカの名前の日、という意味。惜しくもグランプリは隣国スウェーデンのアーティストが選ばれてしまったものの、フィンランドでは、彼らを応援する記念切手も発売されるほどの盛り上がりだった。

そして、ユーロビジョンの代表に選ばれる前の彼らの日常生活からレコードデビューや海外ツアーまでを追ったドキュメンタリー映画もあり、日本でも今年「パンク・シンドローム」というタイトルで全国ロードショーされた。この映画はフィンランドでのアカデミー賞に該当するユッシ賞の2013年最優秀ドキュメンタリー賞も受賞している。
彼らは、「施設のメシは豚のエサ」「いつかグループホームを爆破してやる」「権力者はペテン師だ 俺たちを閉じ込める」という施設や社会への不満、そして、「少しばかりの敬意と平等が欲しい」という素直な叫びを歌詞にぶつけ、パンク音楽として昇華する。’日本人としての私’からしたら、日本の施設より遥かに快適かつ自由に、そしてデザイン性も高くバリアフリーも行き届いた暮らしをしているにも関わらず、不満があるなんて贅沢だなぁと思う反面、’フィンランドに住み嫌な面も見てきた私’からしたら、まぁどこに住んでも結局不満や差別はあるよね…と彼らの気持ちに共感できるところもある。ただ、紆余曲折がありながらも活き活きと音楽活動に取り組む彼らをスクリーンで眺めながら、このように発散できる場が用意されているからある意味健全でいられるのであろうということ、そして日本の障害者の方々はここまで奔放に生きているのだろうかということ、さらにフィンランドのようにその不満を容認し国の代表として応援できるような土壌は今の日本という国にあるのだろうか、ということを考えさせられた作品だった。

とはいえ、今年日本でもフィンランド発祥のテックイベント’SLUSH ‘が’SLUSH ASIA’としてアジア代表国として東京で初開催されたことは言及すべきことであろう。
スラッシュは「若手起業家による若手起業家のためのイベント」として2008年からフィンランドで始まって以来、ロックコンサートのようなステージ作りと演出が注目を集め、世界中から起業家、学生、投資家が集まる大規模なスタートアップフェスティバルである。今年の本国フィンランドのスラッシュには、1700人 のスタートアップ企業家、800人のベンチャーキャピタル投資家、600人のジャーナリストが世界100カ国からヘルシンキに集まる大イベントとなった。

そう、今やフィンランドはIT大国でなく起業家大国でもある。それはフィンランドを代表するテクノロジー企業ノキアの衰退がきっかけとなった。90年代前半から携帯電話メーカーとして世界の携帯市場の首位から、スマートフォン戦略における失敗により低落、そして2013年にマイクロソフトに携帯電話事業が買収される。過去10年間で実に1万名以上もの従業員がノキアから去ることになったが、多くの能力の高い元ノキア社員が自ら事業を始めるきっかけとなった。
ノキアの予期せぬ低落には国民の多くが失望したものの、ノキアの解雇によって、スタートアップが盛り上がるという利益が生まれたのだった。

このように、災い転じて福となる・・・不利だと思われる状況をプラスに転換させていくのがフィンランドという国なのだと私は思う。
 
戦後に敗戦国として多額の賠償金を抱え、質素な暮らしを強いられてきた歴史があるからこそ、アルヴァ・アアルトやカイ・フランクはすべての人のためにシンプルかつ機能的で良質なデザインの日用品を生み出し、フィンランドデザインが国際的な評価を得て、フィンランドモダンデザインとして世界に認知されたように。

ロシアによって弾圧されていた時代があったからこそ、フィンランド民族主義が高揚し、フィンランド語の公用語化や民族叙事詩「カレワラ」の編纂が行われ、シベリウスの「フィンランディア」のような曲が誕生したように。
 
これからもフィンランドという国は、どのような状況を迎えても彼らの中に脈々と流れているSISU(シス=フィンランド語で負けじ魂)の精神で再生していくのだと思う。


プロフィール
川﨑 亜利沙 北欧文化専門家
2008年よりフィンランドへ渡る。
フィンランドのラハティ市内の現地小学校5校、特別養護学級、幼稚園、成人学校で教師として日本文化の授業を行う。
ほか、ヘルシンキ日本語補習校非常勤講師兼任。
現地旅行会社で北極圏オーロラリゾート地サーリセルカやスウェーデン・ストックホルムーフィンランド・ヘルシンキ間を結ぶ豪華客船シリヤラインにも勤務。
帰国後、駐日フィンランド大使館勤務、千代田区立日比谷図書文化館を経て、2015年3月より株式会社ムーミン物語勤務。
北欧文化を発信するウェブメディア「北欧ラボ」ライター。
http://hokuolab.tumblr.com