フィンランドと私

板倉康明

一柳先生より会報に一文をとのご依頼をいただき、あまりにも関わりが薄い私ごときがとは思ったものの、逆にそれが関わりの深い会員のみなさまにとっては新鮮かとも考え、今回駄文をご披露する次第です。
音楽を生業にしている私は、ご他聞に漏れず、幼少時シベリウスの音楽に接し、感銘を受け、もちろん、フィンランデアに始まり交響曲第二番に至るという全くのお決まりのコースをたどり、その他の交響曲、作品も聞いてみるというのが最初に「フィンランド」を意識したきっかけでした。また、「ムーミン」の独特の世界観にも触れ、すごく遠くの国の生活に思いを馳せた、ただそれだけのことでした。

年代は一気に飛び、パリ留学中、最初の出来事から二十年近く経った後、フランスでのフィンランドからの留学生の活躍、とりわけリンドベルイの音楽に興味を持ち、実は知らなかっただけで、音楽文化、その振興に大変力を入れている国だと知った次第です。
たとえば、現在活躍している世界のいわゆるスーパー指揮者、サロネン、ミッコ フランクなどもフィンランド出身ですが、海外のマネージャーやオーケストラの事務局関係者の話を伺うと、彼国では若手の音楽家を養成するということに社会的合意がなされていて、様々な機会を与え、経験を積ませるという事を聞いて、指揮というのは特に経験がものを言う分野なので、なるほど!と納得したのを覚えています。
もちろん指揮だけではなく、現代音楽の作曲でもリンドベルイを始め、サリアホなどの特異な才能を持った作曲家がたくさんいますし、その予備軍も控えているという話は耳にしています。また、興味深いのは、フィンランド楽派というよりも、それぞれが個性的に活動をしていると感じています。

今までは間接的な関わりでしたが、直接的な関わりとしては、数年前、ゲスト作曲家として招待された一柳先生の御供としてコルショルム音楽祭に参加しました。このときは全く音楽家としてではなく、機能不全のマネージャーとして伺いました。主催者から完全にマネージャーだと思われていたのは面白かったです。現代音楽も少しわかります。と答えておきました。日本からは山下洋輔さんのトリオも参加なさっていました。
この音楽祭は、ヘルシンキから飛行機で一時間ほどのヴァーサという都市を中心とし、一週間ほどの期間に古典から現代までといった小さいながらも網羅的な音楽祭で、逆にフィンランドの地方都市での音楽の在り様というのがよくわかるもので。近くの町から、本当に音楽好きな様々な世代のお客様がいらしていました。
この町は二言語が併存している町で、演奏会前の主催者あいさつが、フィンランド語、スウェーデン語(それに時々英語も)でなされていました。

話は飛びますが、期間中に皆様ご存知のキマネン氏とお話しする機会が度々あり、フィンランドの歴史、生活について様々なご教示を頂けたのはフィンランドを理解するうえで大変重要だったので、改めてこの場を借りてお礼を申し上げたいと思います。
音楽祭自体についてですが、まず、一番驚いたのは合唱のレヴェルの高さでした。一柳先生の作品を日本語で演奏していましたが、今まで聞いたどの団体よりも素晴らしい日本語、発音のみではなく、言葉のニュアンスもしっかり伝わってくる感動的な演奏でした。聞いている間に一生懸命顔を見ましたが、どう見ても日本人はいない、けど本当の日本語、我々が外国語の作品を取り上げる際には、こうあるべきなのだろうなとの思いを新たにした次第です。後はチェロのレヴェルの高さ。どの出演者(フィンランド人の)も高水準で興味深く聞いていたのを思い出します。
他の楽器については、特に「すごいな」という事はありませんでした。
あと聴取の仕方が、私はかなり頻繁にフランスに行き、仕事がらみで演奏会を聴くことも多いのですが、それに比べて姿勢が異なっているなとも感じました。たとえば隣で聞かれていたご婦人が、指揮者が大げさな身振りをするといちいちそれに反応して、隣の男性を突っつきながら大変楽しげに聞かれていて、耳で聞くというよりも総合的な鑑賞をして楽しんでいるのだな。でもこれはある意味大切なことで、いらしたお客様が楽しんでくだされば演奏会は成功なので、このように支えられているのだなと感じました。
普段とは異なり一聴衆として音楽祭を聴けたのは最近稀有な体験なので新鮮でした。
改めて一柳先生にお礼申し上げます。
と、とりとめのない一文でしたが、私とフィンランドの関わりという事で、今後新たな機会があればぜひ音楽家として関わってみたいと思います。


プロフィール
板倉康明
東京芸大附属高校、東京芸術大学を経てフランス政府給費留学生としてパリ国立高等高等音楽院卒業。
クラリネットソリストとして東京都交響楽団、東京フィルハーモニー交響楽団、新日本フィルハーモニーと共演。
東京シンフォニエッタ創設に参画し、2000より音楽監督
指揮者としてサイトウ記念フェスティバル、ガウデアムス音楽祭、プレザンス音楽祭等国内外で主に現代作品を演奏。
中島健藏賞、佐治敬三賞、日本音楽コンクール委員会特別賞等を受賞
国立音楽大学客員教授