第7回日本・フィンランド新音楽協会講演会・演奏会 レポート

小川 至

6月18日、当協会主催の講演会・演奏会が、在日フィンランド大使館にて盛況のうちに終了致しました。
今年は日フィン修好100周年、今回の内容もそれに相応しく、両国の交流に意識の向けられた、充実した内容となりました。
前半の講演会では、フィンランドのユヴァスキュラ大学大学院で修士号を取得され、現在はフィンランド大使館広報部でプロジェクトコーディネーターとして勤務されている堀内都喜子さんに、フィンランドの「いま」をお話し頂きました。
「フィンランドの学び」と題したこの講演では、彼女が留学や現地での仕事を通して得た体験やエピソード、自身の実際の取材などに基づきながら、フィンランドにおける「教育」の優れた特徴を中心に、そこから生まれた社会や人々の考え方などを興味深く語っていただきました。とりわけ強調されていたのは、学校においては「学びたい内容に応じて自由に進路を決定できる仕組みがある」こと、そして社会においては「失敗してもやり直せる土壌がある」ことであるそうです。
日本では、学校での学びはひとつの専門性を持った進路を選んだら、そこから再び進路を変更することは難しいですが、フィンランドでは改めて方向転換ができる進路選択の仕組みがあると言います。この思考の自由さは社会に出てからも同様で、実例として養豚場を営んでいた家族が、時流の変化に伴い稼業を畳んだのち、ITに関する勉強を改めて大学で行い、今ではその道で十分な生計を立てているとのこと。
実際にお会いして耳を傾けてみれば、「人生はこれからも長く続く。新しくやりたいことも可能性もたくさんある」と明るく語っていたそうです。
国の全人口が東京都の三分の二にも満たないフィンランド。その少ない人材こそ「財産」とするこの国が根差しているのは、その言葉通り、すべての人々の可能性を国が支えるというところにあるのかもしれません。その大きな成果として、身寄りのないシェルターで育った2人の女性が、今年結成された新内閣の大臣に着任したことに現れているといいます。失敗を恐れることなく、自身の希望を尊重できる社会。幸福度ランキングで2年連続世界一になったフィンランド、その幸福の裏側には、人々のこうした「自由に生きる希望」があるのかもしれない。
そんな事を、ある種の羨ましさを感じながら聞いていたのは、私だけではないのではないでしょうか?

後半の演奏会のプログラムは以下の通り。
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ユハ・T・コスキネン:《薄氷》―十七絃箏のための(2018)
演奏:吉澤延隆(十七絃箏)
シベリウス=ルンクヴィスト:交響詩《タピオラ》―4手のための(1925)
演奏:ペーテル・ルンクヴィスト(ピアノ)
   福士恭子(ピアノ)
一柳慧:《龍笛とチェロのための音楽》(2014)
演奏:八木千暁(龍笛) 
   多井智紀(チェロ)
一柳慧:プレリュードー独奏チェロのための(2012)
演奏:多井智紀(チェロ)
ノルドグレン:四重奏曲 作品121
    ―クラリネット、ヴァイオリン、チェロ、ピアノのための (2003)
演奏:西澤春代(クラリネット)
   ヤンネ舘野(ヴァイオリン)
   富永佐恵子(チェロ)
   水月恵美子(ピアノ)
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《薄氷》の作曲者であるユハ・T・コスキネン氏は、現代フィンランドを代表する作曲家のひとり。近年の作品には日本を題材にしたものも多く、そのインスピレーションの範囲は神道や仏教、能など、日本古来の文化に根差したものが主となっており、今作の《薄氷》もまた例外ではありません。彼にとって初となる箏独奏のためのこの作品は、その楽譜の序文に能「龍田」の中で謡われた老子の一節「和光同塵は結縁の初め」が記されており、この《薄氷》がその能の舞台である晩秋の季節のもの、そしてそれが神仏が人々の中に降り立った霊妙な空気の中であることを示唆しています。振動する弦に鉄の棒をそっと当てるといった作曲家独自の特殊奏法なども盛り込まれたこの作品を、委嘱者でもある吉澤延隆氏の繊細かつ大胆な演奏によって見事に謡われました。
作品の詳細はこちら:https://core.musicfinland.fi/works/usugori
シベリウス最晩年の傑作である交響詩《タピオラ》。今回は戦後フィンランドを代表する作曲家、エイナル・エングルンドがピアノ連弾に編曲し、同じくフィンランドのピアニストであるペーター・ルンクヴィスト氏によって大幅に補筆されたものを、ルンクヴィスト本人と、氏とデュオ経験も長く、本協会の事務局長も務められているピアニスト、福士恭子さんと演奏しました。晩年に至り、普遍的な「自然」そのものの姿を描くに至ったかのようなシベリウスの《タピオラ》は、極めて複雑ながら切り詰められたオーケストレーションが施された作品ですが、その繊細な響きはここでは注意深くピアノに書き換えられ、2人の高い集中度を持って多層的な音響世界を創り出していました。
本協会の理事長でもある一柳慧氏は、そのキャリアにおいて邦楽器のための作品を継続的に書き続けてきました。《龍笛とチェロのための音楽》もそうした作品のひとつであり、氏の妥協のない音楽づくりはこうした特殊な楽器編成においても遺憾なく発揮されています。日本における「静と動」を音の世界で体現したかのような本作品を演奏した、龍笛奏者の八木千暁氏は「チェロとの演奏は初めてだった」とのことでしたが、切れ味鋭い多井智紀氏のチェロと相まって素晴らしいアンサンブルを見せてくれました。続くチェロのための《プレリュード》は多井智紀氏の独奏によるもの。先の演奏も見られた彼の気迫ある音楽は更に全面に押し出され、鬼気迫る緊張感と共に作品を昇華してくれました。
プログラムの最後を飾るのは、かつて東京藝術大学で作曲と日本の伝統音楽を学んだ経験を持つ作曲家であるペール・ヘンリク・ノルドグレンによる、クラリネット、ヴァイオリン、チェロとピアノの四重奏曲です。彼の最晩年にあたる2003年に書かれたこの作品は、一柳慧氏にならび本協会の理事長であるセッポ・キマネン氏が主宰する音楽祭、クフモ室内音楽祭にて初演されました。ノルドグレンは人間の持つ深い情念に深く切り込んでゆくような深淵さを持った作品を描くところにひとつの特徴を持っていますが、本作品においてもそれは例外ではありません。重苦しいとも言えるほどの主題から、まさに人生の苛烈さを表したような劇的な展開を見せてくれました。ノルドグレンはその生涯において、邦楽器を含んだ音楽をはじめ、日本に関わる作品を多く残してくれた作曲家であり、まさに日フィン修好100周年を彩るこのプログラムに相応しい締め括りであったと言えるでしょう。
演奏会の終わりには、大使館の別室にてお食事を囲みながら出演者や大使を交え、ご参加いただいたみなさまとのレセプションが行われ、新たな出会いや久々に会う方々との旧交を温めあう場となり、和気藹々とした空気の中、本イベントは幕を下ろしました。素晴らしい会場を毎年お貸し頂いている大使はじめ大使館にお勤めの皆様、ご出演頂いた皆様、そしてお忙しい中足をお運び頂いた皆様に深くお礼を申し上げます。ありがとうございました!