シベリウス生誕160周年記念レクチャー&コンサート「160年のまなざし」第二部「日本からのまなざし」の様子を振り返ります!②

文章:小川至

————————————-

 後半の幕開けを飾るのは、本年90歳を迎えながら今なお旺盛な作曲活動を展開するフィンランド音楽界の長老、アウリス・サッリネンの弦楽四重奏曲第3番です。演奏は前半を彩ってくれた二人のヴァイオリニスト、中澤沙央里さんと迫田圭さん、そしてヴィオラには福田道子さん、チェロには北嶋愛季さん。《ペルトニエミ・ヒントリーキの葬送行進曲の諸相》という長い副題がついた本作は、1969年に書かれた作品ですが、その「聴きやすさ」は現代音楽がただ複雑怪奇なだけの世界ではないことを教えてくれるかのようです。同名の流行歌から採られた主題(いかにも北欧的・フィンランド的な!)による、概して変奏曲の形式をとる本作ですが、そこにはのどかさや寂しさ、妖しさや可笑しみが常に孕んでいるかのよう。四者の演奏はそうした情景を浮かび上がらせてくれる、個性を捉えた素晴らしい演奏でした。

 後半二曲目は、戦後モダニズムの先頭を走り続けた作曲家であり、シベリウス音楽院にて後世の数多の作曲家たちを長年に渡り育ててきたパーヴォ・ヘイニネンの作品です。クラリネットとチェロのための《ショートⅠ》は、その大胆な発想や演奏難度の高さにおいて、ヘイニネンの「厳しさ」が極めて強く表出したものと言えるでしょう。井上幸子さんのクラリネットと、北嶋愛季さんのチェロによって演奏されました。二重奏の作品として書かれていながら、これらそれぞれのパートが独奏する形でも成立するものであり、両者のスコアは拍節的な一致もないまま同時進行する形で進行するのですが、それぞれには特殊奏法が多く盛り込まれた、演奏能力の限界に挑むような楽譜が配されています。井上さんと北嶋さんは一瞬たりとも切れることのない集中力を持って、ともすれば無秩序にもなり得る本作を、磨き抜かれた技巧と共に一つの凝縮された音楽へと昇華してくれました。

 手に汗を握るヘイニネン作品の次には、第一部でも素晴らしいレクチャーを聴かせてくれた作曲家、オッリ・モイラネンのヴィオラ独奏作品《Laskostuu》です。「Laskostuu」とは、「何かが折り重なってゆく」その動きを示した単語であり、その音楽は静かに重なりゆく現象のダンスとも言える、一種の優雅さを湛えた作品でした。モイラネン本人が「優しく揺れるメロディーがハーモニーへと折りたたまれてゆく」様子を描いた「ダンスである」と語っていますが、福田さんの演奏は、まさにその言葉を体現するかのような透明感のある音楽を届けてくれました。それは一方で、ヘイニネンが前衛を極めた時代-20世紀末から現代に至る中で表面化した、「肩の力の抜けた美しさ」を表しているかのようでもありました。

 プログラムの最期を飾るのは、日本文化にも造詣が深く、また邦楽器にも深く精通した作曲家、ユハ・T・コスキネンによる箏のための作品―《碓氷》、《天浮橋》《イザナミの涙》の三作です。演奏は箏奏者である吉澤延隆さんによるものでしたが、本作はまさにコスキネン氏と吉澤さんの長年に渡るコラボレーションの中で生み出された作品であり、ある意味においては両国の交流の結晶とも言える音楽と言えるでしょう。その音楽は単純に「日本的な静けさ」や「わび・さび」といった日本の精神性の模倣に留まらず、作曲家のイマジネーションによって更なる普遍性へと昇華されたような、類を見ない幽玄な世界を描いていたように感じました。また、これらは十七絃箏と十三絃箏のためにそれぞれ書かれた作品ですが、吉澤さんはこの二つの楽器を向かい合わせるように配置し、交互に楽器を行き来するような演出を加えられ、さらに集中度を増した舞台となっていました。

 第二部は全体で2時間強の大きなものとなりましたが、「晩年のシベリウスからスタートし、現代までの流れを一望するようなプログラム」という意図が言葉以上の豊かさを持って終えられたことに、心からの喜びを感じています。そして、これは意図していなかったことなのですが、冒頭のたった2分半のシベリウスのピアノの小品である〈風景〉の響きが、全プログラムを終えてもなお頭の中に残り続けていたことです。なんと力強く、そしてなんと静かに、彼の音楽の根幹を占めるもの―自然へのまなざし、切り詰められた音の中に潜む情熱、その名状し難い精神性…―が心に残り続けているのか。「シベリウス生誕160周年記念」とした本公演が、予想以上の深みを持って終えられたことも、喜びの一つでした。

 そして無論のこと、これをもって単純に「シベリウス以降の作曲家たちはシベリウスを超えることはできなかった」という結論には至りません。「シベリウスの巨大さ」は同時に、2025年以降音楽を縛るものではなく、より大きな自由さをもって変容し、羽を広げることのできるだけの強度と懐の広さを感じさせるものでした。第一部に示されたとおり、翌年以降も両国の音楽的交流は進み、更なる作品も演奏家の活動も活発に展開されてゆきます。そうして生み出される新たな作品群に、今から期待が止まりません。

 本企画を開催するにあたり、素晴らしい演奏を届けてくださった演奏者の皆様。この上ないご助力を下さったフィンランドセンターの皆様、滞りなく運営に回って下さったスタッフの皆様、そして何より、平日の日中から夜にかけて、ご多忙の中を足をお運びくださった皆様、心からの感謝を申し上げます。ありがとうございました!