改めて感じた日フィン間の絆~この10年の活動を振り返って~

野津 如弘

2002年の秋にフィンランド国立シベリウス音楽院指揮科に入学して以来、僕とフィンランドの関わりも十年目を迎えた。

学部と大学院時代の6年間、実際のオーケストラで毎週異なる課題曲を指揮するという実践的授業で年間40〜50曲ほどのレパートリーに取り組んだ。特徴的だったのはシベリウスはもちろんのことフィンランド人現代作品も課題曲に必ず組み込まれていることである。コッコネン、ラウタヴァーラ、リンドベルイらの作品を勉強するよい機会となった。もっとも指揮科教授のレイフ・セーゲルスタム氏自身も交響曲を250曲!以上も書いている作曲家でもあるが、氏の交響曲は指揮者無しで演奏されるというユニークなスタイルのため課題となることはなかった。また作曲科との共同授業もあって、作曲の学生の作品を音にするという経験はお互いにとても良い刺激となった。

指揮科にはイギリス、フランス、ドイツ、スペイン、ハンガリー、スウェーデン、ノルウェー、エストニア、オーストラリア、アメリカ、ペルーなど世界各地出身の学生がおりフィンランド人は少数派という国際色豊かなクラスであった。当時のクラスメートには日本フィル首席客演指揮者のピエタリ・インキネンや5月に東京交響楽団に客演するサントゥ=マティアス・ロウヴァリなどがおり、教授のセーゲルスタム氏をはじめ、ゲストで呼ばれる講師陣もユッカ=ペッカ・サラステやハンヌ・リントゥなど日本のオケに客演の多い布陣であったことは不思議な縁を感じさせる。

クラスメートの中ではハンガリー人のフバ・ホロキュイと、自分たちの国の現代作品を演奏しようということで(日本やハンガリーの現代作品は授業では課題になっていなかった)、音楽院の仲間達と結成したフォーカス・アンサンブルの活動も5年目となる。シベリウス音楽院での演奏会の他、2010年夏にはフィンランド南西部沿岸のハンコ音楽祭にも出演した。これまでに西村朗『鳥のヘテロフォニー』、望月京『ワイズ・ウォーター』、田中カレン『フローズン・ホライゾン』、佐藤聰明『神の身売り』、 三木稔『結IIIーFLOWERS AND WATER』のフィンランド初演に加え、武満徹『死と再生』『雨ぞふる』、小林聡『ハープ協奏曲第2番ーSnow Crystal』、橋本信『Sky and Bay』などの邦人室内オーケストラ作品を紹介している。

また2009年は日フィン国交樹立90周年にあたり、本田均大使(当時)からシベリウス音楽院の日本人同窓会を設立してはとのアドヴァイスをいただき、現地の有志でアンサンブルを結成し、シベリウス音楽院の略称「Siba」に校友会の「tomo」でシバトモ・アンサンブル(Sibatomo Ensemble)と名付け音楽会を開催した。初年から委嘱作品を中心に据えたプログラムを組んでおり、これまでに5つ委嘱作品がある。これまでのプログラムは下記の通りである。

2009年 <設立記念コンサート>
小林聡『Ode for 14 Players』(委嘱作品・世界初演)
アウリス・サッリネン『Introduction and Tango Overture』
レーヴィ・マデトヤ『芸者』
田中カレン『Invisible Curve』
レイフ・セーゲルスタム『交響曲第144番–90, 1919, Japani…Tokio…HEL-SINK-I…!』(委嘱作品・世界初演)

2010年 <Love Unlimited>
ヤン=ミカエル・ヴァイニオ『Winterborn』
吉松隆『メタルスネイル組曲』
細川俊夫『恋歌Ⅰ』
ユッカ・ティエンスー『…kahdenkesken.』
塚本一実『Love』(委嘱作品・世界初演)

2011年 <Apsaras–over the Horizon>
平井正志『REMINISCENCE −In the Dusk』(委嘱作品・世界初演)
松村禎三『弦楽四重奏とピアノの為の音楽』『アプサラスの庭』
ユハニ・ヌオルヴァラ『弦楽四重奏第2番』
遠藤雅夫『Freeze V』(委嘱作品・世界初演)

今年は愛知県立芸術大学作曲科との共同プロジェクトとして、寺井尚行、久留智之、小林聡、山本裕之各氏の室内オーケストラのための委嘱作品からなるプログラムで演奏会を6月に開催する予定である。

シバトモ・アンサンブルは日本人学生や卒業生だけでは編成上の偏りがあるため、フィンランド人演奏家にも参加を呼びかており、これまでプロの音楽家を含め延べ60名以上の音楽家が出演している。シバトモに参加したことがきっかけとなって邦人作品と出会い、演奏会のプログラムに加えてくれるといったことも、今後多いに期待できるだろう。演奏会の批評も現地二大紙であるHelsingin SanomatやHBLに掲載され、毎回100名を超える聴衆にも好評をいただいている。

現地のオーケストラへの客演においても現代邦人作品を積極的に取り上げている。これまでにクオピオ交響楽団とは武満徹『How Slow the Wind』を、セイナヨキ市室内管弦楽団とは小林聡『ハープ協奏曲第2番』(ハープ:リリー=マルレーン・プーセップ)、橋本信『Sky and Bay』を演奏しており、2012年11月にはトゥルク・フィルハーモニー管弦楽団で武満徹『夢の引用』(ピアノ:陣内梢、福間光太郎)を指揮する。

最後に僕も参加した東日本大震災チャリティーコンサートについて書いておきたい。

まず震災後4月24日にヘルシンキのフィンランディア・ホールで行われた「東日本大震災チャリティーコンサート:オーケストラからオーケストラへ ~ オーロラの光と共に心を込めて、フィンランドの音楽仲間より~」がある。これまでも日フィン間には指揮者の渡邉暁雄氏、ピアニストの舘野泉氏、チェリストのセッポ・キマネン氏とヴァイオリニストの新井淑子氏をはじめ、日本からの多くの留学生、フィンランド各地のオーケストラに在籍する日本人プレーヤー、あるいは頻繁に来日するフィンランド人音楽家やオーケストラなどを通して長年に亘る音楽交流の歴史があったが、その長く深い友好の証となるようなコンサートであった。レイフ・セーゲルスタム氏がシベリウスの交響曲第2番、『ルオンノタル』(独唱:ヘレナ・ユントゥネン)、『トゥオネラの白鳥』を、僕が武満徹の『弦楽のためのレクイエム』を指揮した。義援金は日本オーケストラ連盟に託され、被災地での音楽活動に充てられる。

そして8月18日にはヘルシンキのテンペリアウキオ教会で「舘野泉チャリティーコンサートinフィンランド」が開催された。元々は舘野泉氏の演奏活動50周年を記念したコンサートとして企画されていたが、福島県南相馬市文化会館の名誉館長をつとめておられる氏の意向で、同会館の復興のためのチャリティーコンサートとなった。左手のピアノの為に書かれた吉松隆、間宮芳生、末吉保雄らの作品が演奏され、僕の指揮でラ・テンペスタ室内管弦楽団が出演した。

暖かい支援をくださった方々にあらためてお礼を申し上げたい。


野津 如弘(指揮者)

1977年仙台市生まれ。早稲田大学第一文学部卒。東京藝術大学楽理科を経てフィンランド国立シベリウス音楽院指揮科に日本人として初めて入学。レイフ・セーゲルスタム、ヨルマ・パヌラの両氏に師事。2008年、同修士課程を首席修了。Focus Ensemble指揮者として日本の現代音楽作品のフィンランド初演を数多く手がける。これまでにフィンランド放送交響楽団、クオピオ交響楽団、セイナヨキ市室内管弦楽団等を指揮するなどフィンランドを中心にエストニア、ルーマニアなどヨーロッパ各地のオケに客演。愛知県立芸術大学非常勤講師