カウニアイネン音楽祭 レポート

飯野 明日香

初めてのフィンランド、他のヨーロッパの都市より短いフライトに身も心も軽くヘルシンキに到着しました。今回の旅の目的は、ヘルシンキの西北西13kmほどの町カウニアイネン(Kauniainen)での音楽祭に出演するためです。霧雨の10月末、気温はまだそれ程寒くないながら「今の時期が一年で一番憂鬱な時期なのよ。」と滞在中に私のドラーバーを引き受けてくださった、ボランティアの夫妻が言っていました。「ちょうどサマータイムが終わって一気に夜の時間が長くなるし…。
もう少しして雪が降ればそれはとても綺麗だから気持ちも楽になるのよね。セッポはだからこそこの時期に音楽祭をしたいと思ったのですって。」と。セッポさんとはこの音楽祭の創始者かつ芸術監督で、この日本・フィンランド新音楽協会の創設者であり理事長のセッポ・キマネン氏のこと。周りの方から親しみを込めて「セッポ」と呼ばれていたキマネン氏のお姿は音楽祭期間中何度もお見かけしましたが、その度にフィンランド人の敬意に満ちた眼差しから、いかにキマネン氏が尊敬され、誇りに思われているのかを深く感じました。

Kauniainen Music Festivalは毎年開催の音楽祭で2014年は10月26日から11月2日まで開催されました。
Kauniainenの町のUusi Paviljonkiといういわゆるコンサートホールと町の教会をメイン会場に、15回以上の演奏会に数回のレクチャーが行われ、その内容も世界中の素晴らしい演奏家によるエリック・サティをテーマにしたものから、
教会でのメシアンの「世の終わりのための弦楽四重奏曲」や若い演奏家によるコンサートなど、大変バラエティーに富んだものでした。私は本協会の創設者・理事長でいらっしゃいます、一柳慧先生の個展に出演させていただきました。

プログラムは
–パガニーニ・パーソナル(2台ピアノ版)
–タイム・シークエンス
–ピアノ五重奏曲「プラナ」
–雲の表情I,II,III
–時の佇いIV
–クラリネット八重奏曲
で、出演はAvanti!、Kari Kriikku (cl)、Marko Hilpo (p) そして私でした。お客様の反応は大変に暖かく深い興味と感動をもって演奏会を聞いていてくださったように思います。この中で私は「パガニーニ・パーソナル」「タイム・シークエンス」「雲の表情I,II,III」を弾いてまいりましたが、演奏会の一曲目だった「パガニーニ・パーソナル」では音楽の躍動感がもたらす心地よい興奮と、この先の演奏会への期待を感じ、「タイム・シークエンス」での人間業を逸したようなこの作品の大変な緊張感に呆気にとられた後のBravo!、「雲の表情」では純粋に一柳作品の持つ音の美しさとファンタジーの世界に身を委ね、とお客様が自然と一柳先生の作品に寄り添い、楽しんでいる様子が手に取るようにわかりました。またこの演奏会には国営ラジオ局YLEの収録が入り、期間限定ですがインターネット上で聴けるとのことです。
( http://areena.yle.fi/radio/2388498 )

今回「パガニーニ・パーソナル」ではキマネン氏お墨付きのフィンランド人ピアニスト Marko Hilpo氏と共演いたしましたが、最初で最後の一度きりの合わせに完璧な形で現れ、その才能には驚嘆しました。フィンランドのピアニストのレヴェルはとても高いと言われていますが、ピアノ以外の演奏家も日本に来日した際も素晴らしい演奏を聴かせてくれたAvanti!の各奏者、Kari Kriikku 氏はじめ、音楽祭中の様々な演奏会で聴いた、ただ上手いだけでなくとても魂のこもった音楽に純粋に感動しました。

Uusi Pavilionki

会場となったUusi Pavilionkiは大変音響に優れた(そしてピアノもとても状態の良いものでした)、でも見た目は一見”普通”のホールなのですが、演奏会の時にはブルーを基調にした斬新なライティングを施し、非常に芸術的な空間を創っていて、その場にいるだけで気持ちが高揚する感じでした。住を大切にする文化の深いフィンランドならではの素晴らしい空間演出に、デザイン王国の一端を見た気がしました。

音楽祭全般のオーガナイズも完璧で、たくさんのボランティア方々の優しく行き届いた、しかし決して過剰ではないおもてなしに支えられ、本当に素晴らしい滞在をさせていただきました。

今回のご縁で、フィンランドの音楽に大変な興味を持った私は様々な作品を聴き始めましたが、聴けば聴くだけ深い魅力に溢れるフィンランドの音楽に、今すっかり虜になっており、この先フィンランドの作品を弾いていきたいと思っております。Music Finland (http://musicfinland.fi/en/)には大変わかりやすくフィンランド人の作品がリストアップされており、作品を知る上で非常に便利です。このように、国を挙げて自国の音楽を大切にしていこうとする姿に、フィンランドの文化のそして人の生活の豊かさを痛感します。

日本人にとって最も近いヨーロッパ人と言われているフィンランド人。この国の暖かい人々、そして豊かな音楽との出会い。このような人生の機会をお与え下さったセッポ・キマネン氏、一柳慧先生に心から御礼申し上げます。


プロフィール Aska IINO(ピアノ)

東京藝術大学附属高等学校、同大学ピアノ科を卒業。
パリ国立高等音楽院ピアノ科、フォルテピアノ科卒。ベルギー政府給費留学生として、ブリュッセル王立音楽院ピアノ科マスターコースに学ぶ。小林仁、播本枝未子、故G.ムニエ、故C.エルフェ他の各氏に師事。
2005年より現代音楽・フォルテピアノを中心としたリサイタルシリーズ「le Parfum de Futur」をスタート。これまで13回公演し、「現代音楽における若手ピアニストとして最も将来を嘱望される演奏家の一人」(音楽の友2009年12月号)と評され,同誌の「コンサート・ベストテン2006 2009 2010 2011」および「旬の日本人演奏家たち」(2013年5月号)にも選出された。
また、カメラータ・トウキョウより2枚のCDをリリース。2012年「一柳慧ピアノ作品集」(レコード芸術特選盤、朝日新聞推薦盤)、2014年の「Feance Now」(レコード芸術特選盤、読売新聞特選盤、朝日新聞推薦盤)は第52回レコード・アカデミー賞(現代曲部門)を受賞。
洗足学園音楽大学非常勤講師。PTNA汐留イタリア街ステーション代表。秋田市観光クチコミ大使。2010年第28回中島健蔵音楽賞受賞。
 www.askaiino.com