フィンランド-東京創造的文化交流 1000年に一度の課題と社会制度設計に向けて

家村佳代子

一昨年フィンランド政府の招きで、フィンランドと東京間の文化交流のための調査をヘルシンキを中心に行った。関心事は大きく三つあった。一つは、いわゆる現代音楽が、先細りになり、どの現代音楽のコンサートでも会う顔ぶれが似た様であるように、聴衆のすそ野が広がらず、限られた人の音楽となっている。このような問題は、日本だけではなく、海外でも課題となり、様々な取組が行われている。そのような状況の中で、誰もがフィンランドでは現代音楽含めて、広く日常的に楽しまれていると話す。そのような状況を生み出している環境とはどの様であるか。もう一つの関心は、経済協力開発機構(OECD)が世界の15歳を対象に2000年から行っている学習到達度調査(PISA)において2回連続で学力世界一となり、注目を集める教育環境である。さらに建築家アルバ・アアルトに代表されるデザイン。今回は先の二つについて触れたいと思う。
まず教育相を訪れ教育の基本指針についてヒアリングを行ったが、いわゆる日本の役所的雰囲気はなく、とてもカジュアルな学校の延長とも思える中で、フランクに会話は、進んだ。誰もがどこの地域でも教育の平等な機会を得るための経済的支援の他は、日本の義務教育に比べて時間数も少なく、特別な事はないように思えた。その後、代表的な田園都市とヘルシンキ市内の中学校を訪れ、授業を参観するとともに音楽の先生たちのヒアリングを行った。田園都市の中学校では生徒数人が歌で私たちを歓迎してくれた。同行してくれている文化省のスタッフは、感動で思わず涙ぐむほどであった。8月の終わりでまだ始業して間もない授業は、どちらも10代が興味を持ちやすい、バンドを組んで演奏する事へ音響含めて取り組み始めたところであった。ここで驚いた事は、教科書は、日本の5倍厚く、内容は幅広く様々な民族と時代の音楽を地理と歴史もまじえて、10代の生徒が今、感心のある楽曲まで続いて紹介されてる事。さらに先生たちが、シベリウスアカデミーを始め高等教育機関と直につながっている事、さらにプロのアンサンブルやオーケストラと取り組む授業もコンスタントに行われていて、互いによく知りあい、垣根がない事である。子供たちは、学校と社会、先生とプロといったところはそのままスムーズにつながっている、今自分たちが学んでいる事もそのまま暮らしと、社会と直につながっている事を意識せずに吸収しているのだろう。
さらにヘルシンキ市が行っている、学校外の文化教育施設マタデッロを訪ねた。ここでは市内全小学生、全学年が年間に渡って数週間、音楽、演劇、美術、ダンス、ライティングについて各々好きなものを選択してプロから学ぶ機会を得る。さらに中学生は、’美’や’戦争’といった共通の課題を、ジャンルの違う表現で取り組み、これに関しては美術館、コンサートホール含めて協力して取り組んでいる。今市内で一番興味深い展覧会とコンサートが、子供たちの学びと深く関係していて、親は子供から刺激を受け、共に会場に足を運ぶ。
さらにアフタースクールを行っている音楽院を訪ねた。私たちが訪ねると子供たちに許可を得てレッスンはすぐに母国語から英語に切り替えられた。日本では、特に音楽においては、どこの誰が良いレッスンをしてくれるか、さらにレッスン料はいくらかと親が躍起になって探し、気をもむのだが、アフター・スクールも誰もが、どこでも同じレッスンが受けられるシステムになっていて、国及び各地域から等分の補助を受けられる。
その後シベリウス・アカデミーの学長とも面談を行ったが、訪問した先の全ての先生を御存じであり、改めて総合的関係性を築いている事に驚いた。さらに高等教育では、多文化の中での創造的対話プログラムが重要であり、アメリカで始めているプログラムのように、単に大学間交流のみならず、日本との音楽における創造的対話のプラットフォームを今後協働して設ける事を進めていくことになった。さらにその後、学長が来日した際には、一柳慧氏と小学校の先生たちと共に音楽教育に関する意見交換を行った。時間数も、方法も日本人が期待するような特別な事は、話しからは伺えない。フィンランドでは当たり前になっている日常が、人を育てている。しかしその当たり前の淡々とした生活のリズムに組み込まれたものを、私たちの社会は見失い、何か特別な事ばかり探し求め期待する。
また、クフモ音楽祭のディレクターを立ち上げからずっと勤められた、在日フィンランド大使館文化参事官キマネン氏に、音楽祭の意義について日本の若手アーティストに向けて話していただく機会を得、さらに90年代深刻な経済危機に直面していたフィンランドで、教育改革を29歳の若さで教育大臣として行ったオイリペッカ・ヘイノネン氏に来日の際、公演を行う機会を得た。その後も多くの縁をいただいているが、その事に関しては、今後紹介できる機会を得れればと思う。
3月11日、未曾有の災害を受けた。これは今までの文明と自然の大きな衝突による1000年に一度の課題を私たちに投げかけている。今この時こそ新しい社会の制度設計を行う時であろう。そのような時に、フィンランドの90年代に行った改革は、大きな示唆となるであろう。それは、教育を支出としてではなく未来への投資、人という資材に投資すると言う視点と共に、誰もがどこでも平等の機会を得るシステム。何か特別な人が、特別な事を行い、特別に利をえるのではなく、基本的人間の生活が互いの信頼のもとに坦々と行える環境。そこから生まれる全てにオープンな関係は、文化と結果として個人の個性と才能を引き延ばすのであろう。子供手当という様な次元ではなく、このような環境を作り出す社会制度が、システムを構築する事に、文化力がどこまで貢献できるのか?各々の方にかかっているようだ。今後もフィンランドと日本間の創造的文化交流の中で共にこの課題に取り組んでいけたらと思う。


家村佳代子 トーキョーワンダーサイト プログラム・ディレクター、建築家

東京藝術大学大学院美術研究科建築専攻修士。ロンドンA.A. スクール ディプロマコースにて、ラウル・ブンショーテンに師事。N.Y.にて荒川修作、マドリン・ギンズと現象学をもとにした思想・哲学のモデルとしての養老天命反転地公園のプロジェクトを遂行。
帰国後、子供から大人までの衣食農住を基本とするホリスティックな教育に関わると共に、子供の表現教育、IT化時代の都市デザイン、建築デザインのためのライフスケープ研究所主宰。
2001年よりTWSにおいて若手アーティストの育成・支援プログラム及びビジュアルアート、現代音楽、パフォーミングアート、等、幅広いジャンルのプログラムを企画し運営している。レジデンスプログラムでは、世界各地のアートセンターと連携し多文化間の創造的対話シリーズ「アートの課題」、各国の大学と新しい創造教育シリーズ「協働スタジオプログラム」、TOKYO EXPERIMENTAL FESTIVALなど、急速に変化する社会に向けたプロジェクトを展開している。